ちょい昔の興味深い話題 その6
日本でも1783年、浅間山の天明の大噴火(例の鬼押出ができた時)の翌年、日本中が大凶作、大磯飢におそわれており、以後、7年間も凶作が続いていました。
どうやら、この頃の朝やけ夕やけの美しさを見ていると、今年も暖冬冷夏かな、夏涼しいのはいいけれど、農作物とか、夏の商売の人では困る人も多いのではないかと思います。
宝永4年(1707)の富士山の肩のところから宝永山ができた宝永の大噴火の時には、関東地方一帯に、自い灰と黒い灰が交互に降って、雪のように地面をおおい、江戸の人々にはのどや眼を痛めるものが多かったと記録に残っています。
また翌年の3月には「地上から白毛を生ず」という記事も見られるのは、天水に含まれた酸の作用で、火山灰が反応し、硫酸塩鉱物(明ばん、石こう、苦土明ばん)を生じたものと思われ、作物にも大きな影響をあたえたであろうと考えられます。
火山灰は、天をおおうばかりでなく、降灰によって付近の住民や土地を災害に巻きこむものなんだそうです。